2015年1月27日火曜日

双極性アンドロゲン療法(bipolar androgen therapy)

 「Science Translational Medicine」2015年1月7日号

前立腺がん細胞にとってアンドロゲン(男性ホルモン)というのはいわば「餌」。
その「餌」を奪って前立腺がん細胞を弱らせるというのがホルモン量の定番だが、それを続けているとやがてCRPC(去勢抵抗性前立腺がん)となり、アンドロゲンがほとんどなくても生きていけるしぶといがん細胞に変質する。

しかし、CRPC患者に常識では禁避ともいえるテストステロン(アンドロゲンの95%は精巣で作られるテストステロン)を与えるという大胆な臨床試験を行ったグループが居た。
ワシントン大学のMichael Schweizer氏、ジョンズ・ホプキンス大学のSamuel Denmeade氏らのグループで、去勢抵抗性に陥った前立腺がん細胞に高いテストステロンを浴びせかけるというショック療法で一発逆転を狙うもの。
小規模な臨床試験ではあるが、実に驚くべき発想であり、コロンブスの卵を彷彿させる。

その結果、テストステロン値を急激に上下させると、ホルモン療法に対する前立腺がんの反応性を取り戻せる可能性が示唆された。
さらに、被験者の男性にとっては、テストステロン値の回復により、ホルモン療法によるさまざまな副作用が軽減し、あきらめていたセックスが可能になったという喜びの声もあったとか。
テストステロンの過剰供給と枯渇を繰り返すこの治療法は
双極性アンドロゲン療法と名付けられた。
ワシントン大のMichael Schweizer氏は、CRPC(去勢抵抗性前立腺がん)患者の新たな治療法につながる可能性があると述べている。

被験者は、痛みなどの症状の伴わないCRPC(去勢抵抗性前立腺がん)患者16人で平均4年間標準的なホルモン療法を受けていた。
化学的(薬物)去勢を行いながら4週ごとにテストステロンを投与するという双極性アンドロゲン療法を実施した。テストステロン値は標準範囲を超えて上昇、その後徐々に低下し化学的去勢レベルまで下がることを繰りかえす。
その結果、7人は寛解、4人は腫瘍が縮小、1人は腫瘍が消失したという。
全体的に見れば、約半数の患者にPSAの低下とがんの縮小が認められた。

前立腺がん細胞には、元々アンドロゲンに対する依存性が高いものと低いものが混在しているが、通常のホルモン療法(アンドロゲン枯渇)を継続すると、徐々に依存性が高いがん細胞死滅し、依存性が低いものが増えて行く。
CRPCというのは、時間の経過と共に大部分の前立腺がん細胞が依存性が低いものに置き換わった状態であり、低レベルのテストステロン環境に馴染んだ前立腺がん細胞にとっては、その環境がぬるま湯のように思えていたのに、テストステロンの急激な増加という熱湯(冷水?)を浴びせられると、驚いて死滅することがあるらしい。
また、僅かに生き残っていたテストステロン環境を必要とする前立腺がん細胞は、それで一旦喜びほっとするものの、テストステロンがまた下がってくると、環境の変化についていけなくなり死滅することもあるらしい?!
興味ある報告だが「敵」もさるもの、そのような環境変化のパターンを学習するのか、結局7ヶ月後ぐらいにPSAは再び上昇を始め、新たな腫瘍の増殖が確認されたという。

双極性アンドロゲン療法は初期治療には適さず、長期的な効果もまだ判っていない。
テストステロン値の変動によりがんが増殖して死期が早まる可能性を指摘する専門医も多いので、現時点ではかなり危険な挑戦であることは間違いなさそうだ。
より大規模な試験で、この治療法の効果を確認し、安全に適応できる患者を識別する必要もあり、臨床への応用までには、まだしばらく時間が必要だろう。