2015年1月31日土曜日

監視療法

(前立腺がんガイドブックの監視療法の項目を修正しました・・・以下、本文)

低リスクがんの場合、10年生存率は治療を行っても行わなくてもほとんど変わらないと言われています。
つまり、特別な処置をしなくても健康なまま天寿を全うできる可能性が高いので、病態の進行や変化をすばやくキャッチして臨機応変に対処できるだけの体制さえ整っておれば、積極的な治療をせずフォロー(監視)だけで様子を見るというのも賢いやり方かも知れません。
ただ、「がん」という言葉を始めて聞いた人の多くは、体内にがん細胞があるというだけで冷静さを失い、人生最大の危機に巡り合わせたように思って治療を急ぐ傾向があるのですが、積極的な治療にはかならず副作用がついて廻ります。
低リスクの場合には、がんの進行によって命が脅かされるリスクと、積極的治療によって副作用を被るリスクを比較すれば、後者のリスクのほうが明らかに高いと思われる場合も多いので、適切なフォローすなわち”監視療法”という「治療法」が選択肢の一つとして積極的に評価されるようになってきました。

米国ではPSA検診の普及が進み、実に8~9割の人がそれを受けていますが、近年、PSA検査でごく初期の小さながんが見つかる確率が増えてきて、それが過剰検診や過剰治療につながる恐れが顕著になってきて、医療費の抑制も併せて考えると、この際PSAを検査を止めてしまうのが近道であるという考え方がでてきました。
しかし、PSA検診の要否については、検診率が2割にも届かない我国と同列に論じて良いものかどうかははなはだ疑問の残るところですが、少なくとも共通問題として捉えておくべきことは、「低リスク」のがんでは、必ずしもがんを死滅させる積極的治療が第一選択とはかぎらないということで、不要な治療を受けることによって失うものもある。時によってはそれが一生抱えて生きなければならない重大な副作用であるかも知れないわけです。
 ”PSA監視療法”というのは、定期的にPSAの動向を見守ると共に、必要な時には針生検(MRIがこれに代わる時代がまもなく来ると思いますが)も行い、病態の進行を監視するもので、低リスクなら、まずはこの可能性を探ってみるべきでしょう。

NCCNガイドラインでは「超低リスク」という概念を設け、これに相当するなら年齢に関係なく、監視療法が第一選択であると明言しています。
しかし、日本の医療機関では、まだこの監視療法をあまり患者には詳しく説明しない所も多くあり、患者が監視療法という選択肢をしらないまま、なんらかの処置を望んだ場合(患者に余程の予備知識がない限り、そう思う方が自然です)安易に手術や放射線治療を勧めたり、内分泌療法を行うケースも多いと思われます。
「初期のがんですから、切ったらすぐ治ります。」などと言いながら手術を勧められ、性機能不全や排尿障害の後遺症に悩むというのは、過剰治療の最たるものですが、一生続く場合もある日常の不幸にじっと堪え、それでも恨み辛みを言うわけでもなく、命が助かった代償なので仕方がないと思って諦めて、手術をしてくれた医者に感謝するという、なんとも複雑で哀しい現実があるわけです。
「がんより怖いがん医療」(近藤誠)というのは、中身はともかく、おそらくこのようなことを言いたいのでしょうね。

積極的な治療には、多かれ少なかれ二次的な障害(副作用)を被る危険性があるわけですが、目の前に「がん」という言葉を付きつけられれば、たいていの患者は動揺し、治療後長く続くかもしれない副作用の重大性になかなか気付かないケースが多いわけです。
期待余命の長さが10年以内(概ね75歳以上)なら「中リスク」でもこの監視療法が成立します。
期待余命が5年以内と目される高齢患者はもちろんのこと、他に重い病を抱えているような人は、もっと積極的に監視療法を選択肢に加えても良いのではないでしょうか。
恐れるべきがんであれば、早期にしかるべき治療を受ける必要があるのはもちろんですが、ほとんど恐れる必要のないがんを恐れるあまり、自分自身に一生取り返しのつかない傷をつけてしまうこともあるわけです。

「動かざること山の如し」・・・ ” 何もしないという勇気 ” を持つということも、時には必要なことかも知れません。

2015年1月27日火曜日

双極性アンドロゲン療法(bipolar androgen therapy)

 「Science Translational Medicine」2015年1月7日号

前立腺がん細胞にとってアンドロゲン(男性ホルモン)というのはいわば「餌」。
その「餌」を奪って前立腺がん細胞を弱らせるというのがホルモン量の定番だが、それを続けているとやがてCRPC(去勢抵抗性前立腺がん)となり、アンドロゲンがほとんどなくても生きていけるしぶといがん細胞に変質する。

しかし、CRPC患者に常識では禁避ともいえるテストステロン(アンドロゲンの95%は精巣で作られるテストステロン)を与えるという大胆な臨床試験を行ったグループが居た。
ワシントン大学のMichael Schweizer氏、ジョンズ・ホプキンス大学のSamuel Denmeade氏らのグループで、去勢抵抗性に陥った前立腺がん細胞に高いテストステロンを浴びせかけるというショック療法で一発逆転を狙うもの。
小規模な臨床試験ではあるが、実に驚くべき発想であり、コロンブスの卵を彷彿させる。

その結果、テストステロン値を急激に上下させると、ホルモン療法に対する前立腺がんの反応性を取り戻せる可能性が示唆された。
さらに、被験者の男性にとっては、テストステロン値の回復により、ホルモン療法によるさまざまな副作用が軽減し、あきらめていたセックスが可能になったという喜びの声もあったとか。
テストステロンの過剰供給と枯渇を繰り返すこの治療法は
双極性アンドロゲン療法と名付けられた。
ワシントン大のMichael Schweizer氏は、CRPC(去勢抵抗性前立腺がん)患者の新たな治療法につながる可能性があると述べている。

被験者は、痛みなどの症状の伴わないCRPC(去勢抵抗性前立腺がん)患者16人で平均4年間標準的なホルモン療法を受けていた。
化学的(薬物)去勢を行いながら4週ごとにテストステロンを投与するという双極性アンドロゲン療法を実施した。テストステロン値は標準範囲を超えて上昇、その後徐々に低下し化学的去勢レベルまで下がることを繰りかえす。
その結果、7人は寛解、4人は腫瘍が縮小、1人は腫瘍が消失したという。
全体的に見れば、約半数の患者にPSAの低下とがんの縮小が認められた。

前立腺がん細胞には、元々アンドロゲンに対する依存性が高いものと低いものが混在しているが、通常のホルモン療法(アンドロゲン枯渇)を継続すると、徐々に依存性が高いがん細胞死滅し、依存性が低いものが増えて行く。
CRPCというのは、時間の経過と共に大部分の前立腺がん細胞が依存性が低いものに置き換わった状態であり、低レベルのテストステロン環境に馴染んだ前立腺がん細胞にとっては、その環境がぬるま湯のように思えていたのに、テストステロンの急激な増加という熱湯(冷水?)を浴びせられると、驚いて死滅することがあるらしい。
また、僅かに生き残っていたテストステロン環境を必要とする前立腺がん細胞は、それで一旦喜びほっとするものの、テストステロンがまた下がってくると、環境の変化についていけなくなり死滅することもあるらしい?!
興味ある報告だが「敵」もさるもの、そのような環境変化のパターンを学習するのか、結局7ヶ月後ぐらいにPSAは再び上昇を始め、新たな腫瘍の増殖が確認されたという。

双極性アンドロゲン療法は初期治療には適さず、長期的な効果もまだ判っていない。
テストステロン値の変動によりがんが増殖して死期が早まる可能性を指摘する専門医も多いので、現時点ではかなり危険な挑戦であることは間違いなさそうだ。
より大規模な試験で、この治療法の効果を確認し、安全に適応できる患者を識別する必要もあり、臨床への応用までには、まだしばらく時間が必要だろう。

2015年1月18日日曜日

NCI臨床試験(前立腺がん):海外癌医療情報リファランスより

海外癌医療情報リファランス(http://www.cancerit.jp/)の「NCI」関連ページより、
前立腺がんに関する臨床試験の結果報告(≠日本)を抜粋させていただきました。

タイトルは内容が判りやすいよう、適宜変更を加えています。

2014年7月15日
エンザルタミドは転移性前立腺癌患者の生存を改善する
http://www.cancerit.jp/28699.html

2013年9月22日
フィナステリドは前立腺癌リスクを低下させる
http://www.cancerit.jp/23756.html

2013年8月26日
ラジウム223は進行性前立腺癌患者の生存期間を延長する
http://www.cancerit.jp/23365.html

2011年8月19日
早期前立腺癌には全摘除術か経過観察か
http://www.cancerit.jp/7207.html

2011年8月8日
限局がんでは放射線単独より短期ホルモン療法併用のほうが生存期間を延長する
http://www.cancerit.jp/6415.html

2011年4月21日
進行前立腺癌に対しatrasentan(第3相臨床試験)の有益性は示されず
http://www.cancerit.jp/2498.html

2011年4月13日
進行性前立腺癌においてデノスマブの骨関連事象抑制効果はゾレドロン酸に優る
http://www.cancerit.jp/2481.html

2011年4月13日
PSA上昇速度によって前立腺癌の検出精度は向上しない
http://www.cancerit.jp/2472.html

2010年7月8日
局所進行前立腺癌ではホルモン療法単独より放射線併用のほうが生存期間を延長する
http://www.cancerit.jp/9509.html

2010年4月12日
デュタステリドは前立腺癌リスクを低下させる
http://www.cancerit.jp/9156.html

2010年3月15日
放射線療法は高線量照射のほうが前立腺癌の「生化学的再発」が減少する
http://www.cancerit.jp/9138.html

2010年2月25日
3種類の薬剤に前立腺癌のホットフラッシュ抑制効果を確認
http://www.cancerit.jp/9131.html

2009年10月28日
デノスマブは前立腺癌治療中も強骨度を維持
http://www.cancerit.jp/9102.html


2015年1月3日土曜日

既存肝炎治療薬にがん転移抑制効果?!

こんな情報が流れてます。(米科学誌 Journal of clinical investigation 2015年1月2日)
中山敬一・九州大教授(分子医科学)らのチームによると、既存の肝炎治療薬(プロパゲルマニウム)にがんの転移を抑制する効果があるらしい。
マウス実験の段階なのでまだ実用化については何とも言えないが、副作用が少ない薬なので期待が持てるという。

がんが転移すると、細胞のまわりに「がんニッチ」と呼ばれる正常な細胞の集団ができ、免疫機能の攻撃からがん細胞を守るバリヤーの働きをして?、がん細胞の成長を助けることが判ってきた。
乳がん患者の血液分析から、特定の酵素(Fbxw7)が少ない人はがんを再発しやすいことを確認。この酵素を減じるよう遺伝子操作をしたマウスにがん細胞を移植したところ、がん細胞の周りにある線維芽細胞からCCL2というたんぱく質を分泌し、これが白血球の一種「単球」を呼び寄せることによりがんニッチを形成、がんの転移を早めていることを、世界で初めて突き止めた。
CCL2というたんぱく質は、B型肝炎ウイルスが炎症を起こす仕組みにも関係しているので、慢性肝炎治療薬として使われているプロパゲルマニウムをマウスに投与してみたところ、乳がんの転移はほぼゼロに、悪性の皮膚がんの転移は3分の1以下に抑えられたという。
中山教授は「承認されるまでに早くて5年。使用はそれまで待ってほしい。
がんの摘出手術に前後して服用を始めれば、再発や転移を防げるはずだ」と話している。

すぐに飛びつきたい気分の方も居られるとは思いますが、
ここは落ち着いて今後の進展を見守るべきではないでしょうか。