2014年10月29日水曜日

プロベンジの保健適用について

プロベンジ(Provenge、一般名:シプリューセル‐T)という、免疫療法(注①)を応用した前立腺がん治療ワクチンが、2010年4月に世界で初めてFDA(米国医薬食品局)によって承認されたことは、当時大きく報じられました。
プロベンジは全く新しい機序の薬であり、FDAに提出された治験結果でも、深刻な副作用はなく、標準治療に比べ4.5カ月の延命効果があったというもの。
しかし、薬効評価基準の1つである腫瘍縮小効果は見られていないなど、評価の判定が非常に微妙で(延命効果にも統計処理上の疑惑があったという情報も一部で流れているようです)審議においても意見が分かれ、すぐには決まらなかったという経緯もあったので、我国では、薬価(注②)の高いことも相まって、かなり距離をおきつつ高みの見物を決め込んでいたようですが、つい最近(2014年10月)、英国では「プロベンジに対し保健適用はしない」という方針が打ち出されたようです。
英国立医療技術評価機構(NICE)はプロベンジに対し、NHS(英国民保健サービス)の適用を推奨しないと決定したというニュースが流れてきました。
推奨しない理由として、他剤と比較して、効果発現までのエビデンスに不明確さが残る、既存療法と違って疾患の進行の遅延を示すエビデンスがない、などいくつかの理由があげられています。
プロベンジも我国の未承認薬のひとつですが、これについては、患者の立場としても、安易に保健適用を求めることはやはり慎まねばならないと思っています。
保健適用を求めるなら、順序としては塩化ラジウム223が先でしょうね。これも相当高額の薬だそうですが(^^;;;

*注①:免疫系に働きかけてガン細胞を攻撃させ、初期治療後の再発や転移を防ぐもの。もう少し具体的には、
白血球除去輸血により患者の白血球(樹状細胞)を採取、ワクチン作製に必要なタンパクの
一種PAP(前立腺酸性フォスファターゼ) を混合させ、その白血球を体内に戻す免疫療法。

*注②:価格は、標準的な3回の投与で900万円近くになると言われています。

2014年10月28日火曜日

エンザルタミド(イクスタンジ)の使用時期について

CRPC(去勢抵抗性前立腺がん)患者に用いるエンザルタミド(イクスタンジカプセル)の使用タイミングについては、これまでは、効能・効果の使用上の注意を表す添付文書に、「化学療法未治療の前立腺がんにおける有効性および安全性は確立していない」という文言が記されていたため、化学療法未治療患者への使用は、明確には認められておらず、保険適用においても都道府県によって扱いが異なる「グレーゾーン」でしたが、「化学療法歴のない場合も有効である」という海外で行われた臨床試験の結果を踏まえ、添付文書の上記の文言の削除が決まり、「プレ・ケモ」(化学療法以前)段階における使用がはっきり認められました。

これまでは、アビラテロン(ザイティガ)は発売時から化学療法未治療患者にも使用可能だったので、適応のタイミングにおいてアドバンテージがありましたが、今回の改訂でエンザルタミド(イクスタンジ)とアビラテロン(ザイティガ)の適応条件はまったく同等となりました。
この決定までにはもう少し時間がかかるかと思っていましたが、このたびの対応は早かったですね。

根拠となった臨床試験というのは、化学療法歴のない去勢抵抗性前立腺がん患者を対象に実施された国際共同第3相試験(PREVAIL)のことで、872人をプラセボ群またはイクスタンジ群に割り付け、全生存期間を比較した結果、中央値がプラセボ群30.2カ月に対してイクスタンジ群では32.4カ月とイクスタンジ群で有意に延長することが判明したもの。
中央値が2年6か月から約2カ月延長されるのは「益」には違いありませんが、その間の副作用の大小(QOLの損傷)は、中央値の比較で決まるものではなく、実際には人によって大きく異なるはずなので、そのあたりを考えながら、新薬と向き合う必要があるのではないでしょうか。

それを考えるためにも、効能と副作用の関係、患者のQOLについてもっと多くの事例を知りたいものです。

2014年10月22日水曜日

エンザルタミドに新たな副作用

アステラス製薬の前立腺がん治療薬イクスタンジカプセル(エンザルタミド)で、 新たな副作用として、血小板減少症が7例が確認(因果関係が否定できない症例)されたため、 厚労省は、使用上の注意に「重大な副作用」として明記するよう指示を行った。

2014年10月19日日曜日

陽子線治療の保健適用について

現在先進医療となっている陽子線治療に対し、保健適用を求める動きがあるが、前立腺がんの治療に限れば、必ずしも必須とはいえない治療法なので、安易に同調すべきでないと考えています。
将来の副作用が重大問題とされる小児がんに対しても、全脳照射や全脊髄照射についてはその通りだが、その他の小児腫瘍については十分議論を尽くす必要があるのではないでしょうか。
参考までに、私がセミナー用として作ったスライドを紹介しておきます。


2014年10月16日木曜日

くるみと前立腺がん

2014年10月4日、JPタワー ホール&カンファレンス(東京・丸の内)で開催された第36回日本臨床栄養学会総会・第35回日本臨床栄養協会総会 第12回大連合大会で、SAC(Scientific Advisory Council)の主要研究者が来日し、彼らの研究の成果を特別シンポジウム「エビデンスに基づく栄養学:くるみと健康に関する研究」として発表しました。
コネチカット大学分子細胞生物学准教授のチャールズ・ジャルディーナ氏は「がん予防に向けた食事勧告の根拠となるエビデンス」と題した講演で、くるみを1日2オンス(56グラム)食べると前立腺がんの発生と進行を防ぐことを示した研究を紹介しました。この研究はテキサス大学保健科学センターサンアントニオの研究者らによるもので、くるみを加えない食事を与えられた対照群マウスでは前立腺がんの腫瘍の発生率が44%だったのに対し、くるみを加えた食事を与えられた実験群マウスでは18%に抑えられることが明らかになりました。
(参照) http://informahealthcare.com/doi/abs/10.3109/07357907.2013.800095

人で試されたわけではないので、現段階ではなんとも批評のしようがありません。
前立腺がんに●●●が効くという話しは、次々出て来ますが、一時的にブームになるようなことがあっても、やがて興味が薄れ、忘れ去られてられていく運命にあるようで、くるみもそのような道を辿るのではないでしょうか。

2014年10月10日金曜日

mCRPC(転移性去勢抵抗性前立腺癌)のガイドライン:ASCO他

mCRPC(転移性去勢抵抗性前立腺癌)の治療に関する新たなガイドラインが、2014年9月、
米国臨床腫瘍学会(ASCO)とキャンサー・ケア・オンタリオ(CCO)の連名で発表されました。
ガイドラインの主な推奨内容は次の通り。

・期限を設けずにアンドロゲン除去療法(内科的または外科的)を継続。

・アンドロゲン除去療法に加えて、アビラテロン+プレドニゾン、エンザルタミド、
 またはラジウム223(骨転移を有する患者)・・・生存期間の延長とQOLの向上、
 及び、リスクに劣らないベネフィットが期待できる。
・化学療法を検討するなら、まずは ドセタキセル+プレドニゾン。(副作用に注意)
・次にカバジタキセル。(副作用に注意)
・症状がほとんどなければシプロイセルT(プロベンジ)
・効果は小さいが、ミトキサントロン。(副作用に注意)
・これも効果は小さいが、
 ケトコナゾールや抗アンドロゲン薬(ビカルタミド、フルタミド、ニルタミド)。
・ベバシズマブ、エストラムスチン、スニチニブは投与すべきではない。
・全ての患者に対し早期に緩和ケアを提供。

さらに要約すると、効果がはっきり実証されているのは次の6つと言えるだろう。

①アビラテロン+プレドニゾン、②エンザルタミド、③ラジウム223、
④ドセタキセル+プレドニゾン、⑤カバジタキセル、⑥シプロイセルT。
ただし、我国では③と⑥は未承認。
効果が多少期待できるかも知れないのは、
⑦ケトコナゾール、⑧抗アンドロゲン薬(ビカルタミド、フルタミド、ニルタミド)
ただし、⑦ケトコナゾール と ニルタミドは我国では保険適用がなく、事実上使えない。

米国では、女性ホルモン系のエストラムスチン(エストラサイト)は投与すべきでないとされているが、我国では心血管系の副作用が米国ほど多くないので、プロセキソールやエストラムスチンはしばしば用いられている。

我国では、べバシズマブ、スニチニブは前立腺がんでは使用が認められていない。
緩和ケアは(広義に解釈すれば)できるだけ早期からの提供が望まれる。

合同ガイドラインという割には、案外シンプルで、特に注目すべき点は見当たらない。

日米で使える薬が違うのも、今に始まった問題ではない。

2014年10月9日木曜日

AR-V7(アンドロゲン受容体 Splice Variant 7)

大腸がんでは、全生存期間(OS)の予測は、血中循環腫瘍細胞(CTC)数に関連することが判ったという報告が最近ありましたが、(Journal of gastrointestinal and liver diseases誌2014年9月号)
前立腺がんでは、どうなんだろうと思いながら調べてみたところ、2014年AACR(米国腫瘍研究会) ではこのような発表がなされていました。 
既に見たことのある発表でしたが、内容が、遺伝子(RNAの変異)に関することで、一見用語が難しく思われたので、とりあえずスルーしていたのですが、よく読んでみると非常に重要なことが書かれていました。
http://www.nejm.jp/abstract/vol371.p1028

去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)では血液中循環腫瘍細胞(CTC)におけるAR-V7(AR Splice Variant-7=アンドロゲン受容体スプライスバリアント 7) の発現が20倍程度まで上昇するという報告もなされていますが、AR-V7ではAR阻害薬が結合できる部位が欠けているため、理論的にはAR阻害薬は無効となると言われています。
そこで、実際にCRPC患者をエンザルタミドとアビラテロンの2群に分け、血液中循環腫瘍細胞(CTC)におけるAR-V7 の発現状況と、その効果(抵抗性)のほどを調べてみたという報告で、少し手間をかけて一覧表にまとめてみるとこのような結果となりました。



注目すべきは、エンザルタミド、アビラテロンとも、AR-V7の発現があれば、PSAの反応(降下)はゼロ、つまりほとんど効果がないということになります。
AR-V7の発現が陰性だった患者では、いずれも過半数(エンザルタミド53%、アビラテロン68%)で効果が見られましたが、陰性でも効果がないという場合もあるわけです。
無増悪生存期間(PFS)、全生存期間(OS)でも陽性と陰性でははっきり差がついているようです。
ならば、AR-V7の発現の有無が手軽に調べられれば、無駄な投与が減らせると思うのですが、一般的にはこのような検査をやっている事例というのは、まだ耳にしたことはありませんし、現時点ではこのような解説を、患者に対してしてくれる専門医にも、まだ出会ったことはありません。
AR-V7の遺伝子検査は、日本ではまだほとんど実用化されていないと思われます。
しかし、逆にこうしたアンドロゲンレセプターに異常がある場合には化学療法が奏功しやすいという報告もあるので、これらの薬が有効でないと判った場合には、すみやかにドセタキセル(タキソテール)やカボザンチニブ(カバジタキセル)などの抗がん剤を検討するべきでしょう。 

前立腺がんに関しては、個別医療ではまだまだ遅れを取っていると思われます。
これはまだ小規模試験なので、これでAR-V7の発現率がどのくらいかは(62例中では約3割)良くわからないと思いますが、AR-V7の発現があれば、新しいホルモン療法の薬であっても、あまり期待がもてないということはまず間違いはなさそうです。
少し乱暴な計算ですが、全CRPC患者のAR-V7の陰性率を約7割とみなすなら、エンザルタミドが有効なのは約5割、アビラテロンが有効なのは約6割ということになります。

一方を使用して効果があった場合でも、やがて耐性を生じ、薬が効かなくなった後に、もう片方の薬を使ってもまた新たな効果が望めれば良いのですが、多くの場合交叉耐性(1種類の薬剤に対して耐性を獲得すると同時に別の種類の薬剤に対する耐性も獲得することをいう。一般に化学構造や作用機序が類似している薬剤間で生じる。)が生じて、効果が期待できなくなるようです。
これら2種の新薬はどちらかを選ぶことはできても、両方の恩恵には授かることはほとんど期待できないということのようです。
しかし、従来のホルモン療法とドセタキセルを組み合わせるだけでも、大きな効果が出ていることもあるように、他のがんでも、複数を薬を組み合わせると、意外な効果があると言う場合もめずらしくないようなので、そのあたりの臨床試験の進展にも今後期待を寄せたいところです。

これらの薬の承認は欧米より約3年遅れましたが、このタイムラグはこれらの薬の使い方の研究にもそれだけの遅れが生じているということで、このままだといつまでも米国などの後追いが続くのでしょうね。