2013年6月10日月曜日

「前立腺ガン 最善医療のすすめ」(藤野邦夫)書評

藤野邦夫さんの新著「前立腺ガン 最善医療のすすめ」を読んでみました。一部に意見の違いはあるものの、ズバリ言うならこれはお勧めの一冊といえるでしょう。
著者がもし
泌尿器科医であれば、もろもろの事情があって、治療法の良し悪しに関してはなかなかここまではっきり書く事はできないと思います。
翻訳を生業とし、前立腺がん関係の本の翻訳や著作もしてこられ、これまでに培われた専門医との繋がりもあり、なおかつ、ご本人も前立腺がんの体験者という立場であればこそ、ここまで踏み込んだ内容にすることができたのではないでしょうか。
前立腺がんの治療では、粒子線治療(先進医療)やロボット支援手術(昨年から保険適用)が、その華やかさもあって最新治療として注目されることが多いのですが、「最善」の治療方法というものは、案外静かに隠れているもので、この本をじっくり読めば、その答えを見つけることができるでしょう。

まず始めに、普通はなかなか治療がやっかいだと思われる「高リスク」の前立腺がん患者10名の治療例が出てきます。
ほぉ~と驚かれるような事例もあるかも知れません。
かなりのハイリスク症例でも「トリモダリティ」(3つの:tri + 治療法:
modality)すなわち「小線源療法(LDR or HDR)+外部照射+ホルモン療法(長期 or 短期)」が多く用いられていることに注目すべきでしょう。
ただ、ちょっと厳しい目で見ると、その多くはまだ経過年数が不十分な途中経過であって、医学的見地からはかなり不十分なデータと言わざるを得ないわけです。
引用例として弱みが感じられるのは否定できないと思うので、かなり
冷静に読む必要があるとは思うのですが、マスコミ等で取り上げられる事例というのはほとんどがこのレベルのものであり、本書も一般患者向けの読み物としてなら、許容範囲と言えるかも知れません。
我国でのトリモダリティの実績はまだ不十分なものの、小線源療法が日本より早くから始まっている欧米では、高リスク症例に対する「トリモダリティ」はすでに10年以上の実績があり、それらを勘案すると、一定の裏付けがあると判断しても良いのではないでしょうか。
「トリモダリティ」という用語に関しては、まだ認知度が低く、国内における長期的なエビデンスが確立できているとは言い難いものの、小線源療法(単独)、ならびにその進化版である「トリモダリティ」においては、国内医療機関のハイレベルな施設、アメリカでの一般的な水準にようやく追いついてきたというのが、今の我国の現状ではないでしょうか。

小線源療法をやっている施設なら、どこでもこのような「トリモダリティ」が可能なのか・・・
患者としてはこのあたりが気になるわけですが、それにはまだ無理があり、現状ではまだ一部の医療機関に限られると思った方が良さそうです。
外照射と小線源治療のレベルが共に一定の水準に達しており、泌尿器科と放射線治療科の連携も緊密にとれている病院ということになると、なかなか傍からは見つけにくいですよね。
こうした技量を持つ病院をリストアップしてお知らせできればと思うのですが、さてどうなりますか。

「リスク分類」については、私も「前立腺がんガイドブック」 http://pros-can.net/01/01-1.html
などで、かなり早くから(2006年)その考え方に基づいた解説してきました。
6年ぶりに改訂された「前立腺癌ガイドライン2012」でも「リスク分類」の解説がなされるようになりましたが、本書でも「リスク別の治療法」という構成が取られています。
生存率ということばかりを考えると、どの治療法も大きな差がなく、結局その副作用を秤にかけて決めることが多いわけですが、非再発率に焦点を当てると、最善の治療法に辿り着く道筋は、もっと自然に浮かび上がってきます。
ハイリスクの限局がんや局所浸潤がんの治療においては、非再発率を重視すれば、手術(たとえロボットであれ)は明らかに近年の放射線治療に劣り、放射線治療の中においても、超
高線量の得られる「トリモダリティ」は、照射線量に限界のある外部照射を越える可能性を持っているということを、この本を読んで、しっかり知っておく必要があるのではないでしょうか。

見解が私と異なるのは、NCCN(National Comprehensive Cancer Network:米国)を始め、世界的なガイドラインでも、IMRT(強度変調放射線治療)「中・高リスク」の前立腺がんの標準治療と認められているにもかかわらず、この本ではIMRTを「中・高リスク」に適した治療法とは認めていないことです。ハイリスクの症例に、74Gy以下の照射線量しか当てられないようでは、技術レベルにも問題ありと思うのですが、76Gy以上の照射で、時間と共に変わる前立腺の位置変動にも、それにふさわしい制御技術で対応し(IGRT)、非常に好成績をあげている医療機関もあるわけで、私は2005年にIMRT(78Gy)による治療を受けたわけですが、当時としてはこれが最善であったと、今振り返ってもそのように思っています。

わざわざ確認したわけではありませんが、著者はおそらく、IMRTのトップレベルの医療機関における取材が不足していたのではないでしょうか。近年、照射線量という物差しで見れば、「トリモダリティ」がIMRTを追い越した感があるのは否定できませんが、部分的な骨転移やリンパ節転移への対応など、IMRTにしかできない強みもあることは確かなので、ここはもう少し冷静かつ客観的に、「適応あり」とすべきだったと思われます。
IMRTも、信頼できるのは一部(1~2割?)の医療機関かもしれませんが、高リスクでは手術に比べてはるかに好成績を上げています。トリモダリティとて、結局安心してまかせられるのは、小線源療法をやっている医療機関の一部(1割前後?)に過ぎないと思われます。
どんな治療法にもピン~キリがあるわけですが、この本では、小線源治療のピンの立場からIMRTのキリを眺めているだけのように思われて、少し残念な気がしないでもありません。

手術に限れば、熟練者による開腹手術であろうと、今流行りのダ・ヴィンチ手術であろうと、再発率そのものを一定以下にすることは難しく(厚労省研究班によれば限局がんであっても約25%が再発している)、放射線治療の上位施設とその成績を比較した場合、がんの制御率(非再発率)という点において、決定的な差があるということは否定のしようがありません。
前立腺がんにおいては、5年生存率というのはまったく無意味であり、生存率で治療法を選ぶことはほぼ不可能です。非再発率とその後のQOLで治療法を選ぶべきと思われますが、泌尿器科医にとっては、手術の再発率の高いこと(非再発率の低いこと)がどうしてもネックとなってしまいます。これが非再発率の公表は遅遅として進んでいない理由ではないでしょうか。

「たとえ再発してもまだ放射線治療がある」という説明が、泌尿器科医からなされることが多いのですが、放射線によるリカバリー照射は前立腺がない部分に放射線を当てるわけですから、上記の小線源やトリモダリティは不可能だし、結局やや広い範囲に、正常組織を壊さない程度の、やや弱目の放射線(せいぜい64~66Gy)を当てるという中途半端な手しかなく(*注)、初回のIMRTのような切れ味のするどい治療は到底望むことができません。
リカバリー照射と初回の高精度、高線量照射とは、はっきり別物だと思ったほうが良いでしょう。

患者が治療法を選択するにあたって、もっと言えば同じ治療法であってもより良い医療機関や医師を選択するにあたって、こうした情報の開示が欠かせないと思うのですが、なかなかそうのような環境が整っていないことが残念ですね。
 もっと「非再発率」に目を向けて!
 がん治療の基本は一発勝負!
これらを学ぶだけでも、この本の利用価値は十分あるのではないでしょうか。


*注(2016年8月追記)
近年はIMRTを用いて、耐容線量の小さな臓器を避けつつ、前立腺床付近に70Gyを越えるようなリカバリー照射も可能となってきました。(まだ一般的ではありませんですが)