2013年7月20日土曜日

前立腺がんの治療情報は患者に届いているか

以下は、ひょうごがん患者連絡会のニューズレター30号(2013年7月発行)への寄稿文です。


前立腺がんの治療情報は患者に届いているか

前立腺がん支援ネットワーク 武内 務

前立腺がん支援サイトを立ち上げる

 前立腺肥大だろうと思いつつ足を運んだ病院で、PSA検査で異常高値が見つかり度肝を抜かれたのは2004年の秋、当時56歳の時でした。がんの一部はすでに前立腺の皮膜を突き破り、セカンドオピニオンでも「もはや手術は手遅れ、5年生存率2割」と告げられました。結局、IMRTという放射線治療に辿り着くわけですが、そのような答えは、一般書店で目に触れるどの本にも書いてなければ、多くの病院のサイトを渡り歩いても、なかなか見つけることが出来なかったのです。
たったこれだけのことを知るのに、なぜこれほどの苦労をしなければいけなかったのか。この怒りにも似た気持ちをバネに、治療後、自分で前立腺がんの解説サイトを立上げることを思い立ちました。

 前立腺がんと告げられた時、本当に欲しいと思う情報がすぐに見つかるサイトを作りたい・・・そう思いつつ躊躇する日々が続いたのですが、ともかく思いきってやってみないことには始まりません。
 前立腺がんの先進国、米国のサイトを参考にしながら形を整え、新たに掲示板を開設し、がん情報にアンテナを張り、加筆修正を加え、
患者さんの相談にも乗りながら、徐々に体裁を整えて行ったのです。

患者(素人)の立ち上げたサイトではありますが、昨年は、複数の専門医のチェックも受け、「腺友ネット」という前立腺がん支援サイトに装いを改めました。 http://pros-can.net/
これまでのサイトを引き継いでいるという遺産もあってのことだと思いますが、それからほぼ1年が経過した今、Googleで「前立腺がん 治療法」で検索すれば、<前立腺がん治療ガイドブック(旧バージョン)>がトップページに、「前立腺がん患者会」で検索すれば、<腺友ネット>がすべてのTOPに表示されます。

アカデミズムの世界とは

前立腺がん患者の支援活動を継続して約8年が経過した今、患者からは見えにくい「アカデミズムの世界」が、少しずつ見えてきました。

   ♪男と女の間には~ 深くて暗い川がある~
   ♪誰も渡れぬ川なれど~ エンヤコラ今夜も舟を出す~

ご存じの方が多いと思いますが、加藤登紀子や長谷川きよしが歌っていた「黒の舟歌」です。
大学という世界では、研究や教育などが全て縦割りとなっており、「隣は何をする人ぞ」ということも決して珍しくありません。
 泌尿器科と放射線治療科というのも、まったく別のアカデミズムの世界であり、お互い多少の交流はあったとしても、基本的にはそれぞれが別のシマであり、両者の間には、この歌に似た「深くて暗い川」が横たわっているのです。
泌尿器科医は、放射線治療のトレンドには関心が薄いし、たとえ知っていても、それを患者に勧めることは稀であり、泌尿器科のシマを飛び越えた情報は、なかなか患者には伝わってこないのです。ハイリスク前立腺がんを例にとれば、私の体験したIMRTが、当時隠されていたトレンド情報であり、ブラキセラピー(外照射+ホルモン療法併用)が、現在それと同様の扱いを受けていると言えるのではないでしょうか。

がん患者の教科書と言われている、国立がん研究センターの「がん情報サービス」にしても、前立腺がんの解説ページに書かれている内容は、まったく泌尿器科のシマ内のことであり、放射線治療の扱いも「深くて暗い川」を隔てて、向う岸をちらりと見やった程度に留まっています。
 前立腺がんの治療法は、これら二つのシマに分散配置されているのですが、患者には、この全貌を大所高所から見渡せる視座が与えられていないので、こうした「深くて暗い川」の存在に気付いたとしても、ほとんどの場合は治療を終えた後のこと・・・覆水盆に返らず、ですね。

セカンドオピニオンを受けるなら

前立腺がんの場合、患者がまず接するのは泌尿器科医。がんと診断されれば告知を受け、詳しい病状や治療法の説明を聞くわけですが、一人の医師からすべての治療法について客観的な説明を聞く事ができるというのは、よほど幸運なケースでしょう。
前立腺がんの治療法は多選択時代を迎えたと言われていますが、これらの治療法のすべてに精通した医師は、現実にはほとんどいないと思われます。

2007年、ASCOという世界的に有名な学会で、前立腺がんの治療法選択に関する研究発表がありました。泌尿器科医のみからインフォームドコンセントを受けた患者は、多くが「手術」を選び、手術の出来ない高齢者では、ホルモン療法を選ぶ人が多かったのですが、次に放射線治療医の見解も併せて聞いた場合では、こんどは年齢にかかわらず、ほとんどの患者が「放射線治療」を選んだというのです。
患者自身は、予備知識のないことが多いので、始めに説明を受けた先生を信頼し、その意見に追随することが多いからでしょう。

前立腺がんのセカンドオピニオンは、ぜひ放射線治療のシマに脚を運ぶべきです。
日本では泌尿器科のシマで手術を受ける人が7割ですが、欧米では逆に、放射線治療のシマで治療を受ける人が7割を占めています。
二つのシマの間に横たわる「深くて暗い川」は、患者自身で飛び越えようとしない限り、対岸の世界を知ることは難しいのです。

手術ならチャンスは2度?

患者が出くわすケースで最も多いのは、泌尿器科医のこういう説明です。
「手術ならたとえ再発しても、また放射線治療を受けるチャンスがあります。でも、放射線治療なら、チャンスは1度しかありません」
これを聞いて「じゃあ、手術に決めた」という患者さんが大勢おられますが、はたしてこれは本当でしょうか?
初回治療で用いられる放射線治療は、ブラキセラピー(単独or外照射併用)かIMRTが多くなってきました。
 しかし、術後再発のあとの放射線治療では、念を押すまでもありませんが、ターゲットとなるべき前立腺はすでにありません。リカバリー照射というは、元々前立腺があったと思われるそのあたりを狙って、さほど強くない(強すぎると正常な組織を傷めます)放射線を当てるだけの治療ですから、成功率はせいぜい50%、切れ味の鋭い初回の放射線治療とはまったく別物だということを、しっかり知っておく必要があるでしょう。
無意識あるいは故意に、高性能照射とリカバリー照射を同一視していることが一番の問題であり、二つ目の問題は、それぞれの治療法の治癒率(PSA非再発率)を示していないことです。手術と放射線治療は同等と思ってくださいという説明も良くなされますが、これは死亡率の比較であって、再発率の比較ではありません。
限局がんで例えると、手術なら2~3割が再発しますが、適切なブラキセラピー(単独or外照射併用)やIMRTでは9割以上、それも低・中リスクに限定すればほぼ全てが再発もしないで治っているのです。
再発の可能性の高い治療を2回受けるか、初回治療の一発勝負で治したいかと問われれば、患者は後者を選ぶに違いありません。
「手術ならチャンスは2度」というのは、まやかしに過ぎません。

新しい治療法

今振り返っても、私が治療を受けたIMRTは当時としては最善の選択であったと思うのですが、現在ならどうするかと聞かれると迷いますね。IMRTは画像誘導や自動制御ではその後も進化が見られますが、照射線量がさほど増えていないのが不安要素です。
 ハイリスクの前立腺がんにおいては、ブラキセラピー(外照射+ホルモン療法併用)の好成績が、ここ数年目立つようになってきました。IMRTを凌駕する線量を、安全に照射することが可能で、一定の浸潤にも対応でき、高い「非再発率」が期待できる一押しの治療法と言えそうです。

粒子線治療が最先端技術のように言われていますが、300万前後の費用がかかるにもかかわらず、ブラキセラピーやIMRTと比較し、治療成績が上回るという報告はありません。重粒子線のようなエネルギーの高い放射線でなければ太刀打ちできないがんもあるので、その必要性は判るのですが、現在、我国では次々とこれらの大型施設の建設が進んでいます。しかも、その患者の多くは、ぜひ粒子線治療が必要だとは思えない前立腺がんの患者です。こうした治療を受けた前立腺がん患者からは、保険適用を望む声もあるようですが、これにより、ますます前立腺がん患者の不必要な囲い込みが強まることには、少し違和感を覚えています。

手術分野で最近注目を浴びているのは、やはりダ・ヴィンチ(ロボット支援手術)でしょう。離れた場所で3次元画像を見ながら、360度回転する腕を細かく操作できるというのは、アトム世代の我々よりも、ガンダム世代の医者のほうが飛びつきやすいのではないでしょうか。腹腔鏡に比べ、操作が覚えやすいとか、患者の出血量も減ったとか言われていますが、前立腺がん手術のほとんどがこれに置き換わった米国では、「ダ・ヴィンチ訴訟」というものが増えており、非再発率も開腹手術と比べても、ほとんど改善されていないということなので、むやみに飛びつくと期待外れに終わることもありそうです。

治療法選択の物差し

前立腺がんの5年生存率は、去勢抵抗性の転移・再発がんを除いて、ほぼ100%に近づいたと言われています。どの治療法を選んでも、すぐに死亡するということはめったになくなり、治療法の選択において、「生存率」という物差しはすでにその意義を失いつつあります。今後注目すべきは「非再発率」という物差しではないでしょうか。がん登録の統計として公表されているのは「死亡率」や「罹患率」ですが、これに「非再発率」も加えていただけるなら、大変ありがたいと思っています。

QOL」というのも良い物差のひとつと言えるでしょう。治療時の身体への負担もそうですが、後で振り返れば、治療時限定のことと言えばほとんど一時的。治療後も継続する、もしくは治療後に出てくる副作用は、下手をすれば一生それを引き摺って生きていかねばなりません。

患者が治療法を選択するにあたっての物差しは、人によって異なります。これまで生きてきた背景が異なるゆえ、むしろそれは当然のことと言えるでしょう。患者が最終的に下した判断は、決して横からとやかく言われる筋合いのものではなく、最大限尊重されねばなりません。
それだけに、患者が治療法を選択するにあたり、公平な情報をどれだけ事前に正しく伝えることができるのか、このあたりが重要なポイントとなりそうです。

前立腺がんにも患者会が欲しい

腺友ネットのアクセスは約150/日、その中の掲示板へは、直接アクセスする人も含めると平均約250/日。すべてが患者ではないものの、患者中心のクラスターの存在は感じられると思うのです。そう思う人も増えて来たせいでしょうか、最近は、前立腺がんの患者会が欲しいとか、患者会を作らないのですかとか、そういった声をよく耳にするようになってきました。
女性のがんで患者数の最も多いのは乳がんであり、患者会の数も多いのですが、男性のがんで最多の患者数である前立腺がんには、未だに患者会が存在しません。(同種治療を受けた院内患者会はいくつかあります)

前立腺がんサイトを立上げた当初は、患者会の設立などということはまったく頭になかったのですが、昨年「腺友ネット」を立ち上げた頃から、前立腺がんにも患者会というものが必要かもしれないと思い始め、ぼんやりと構想を練ったりもしていたのですが、考えれば考えるほど、先が読めずに難しい。むしろ深く考えず、エイヤッと会員の募集を始めてしまったほうが良いのではないかと、近頃はそう思うようになってきました。
具体的に動き出すまでには、もう少し時間がかかりそうですが、いずれそう遠くないうちに前立腺がんの患者会の設立に向けてのスタートを切れればと思っています。

小さく生れて、ゆっくりと、大きく育つことを願いながら。